子供から進路の相談を受けたとき、あなたは最初に何を言うでしょうか。
私の場合、それは「就職」でした。上の娘が高校2年生のとき、三者面談のあとで進路の相談をされた私は、本人の話をじっくり聞く前に、「将来、仕事に困らないかどうか」を物差しにして口を出してしまいました。
長く、人を採用する側の仕事もしていた私には、「就職に有利かどうか」をまず先に考えてしまう癖がありました。もちろん、よかれと思っての助言です。けれど今振り返ると、あの相談の場で私がしたことは、看板記事に書いた「先回りして決める」という過干渉の、わかりやすい一例でした。
この記事では、文系・理系、そして学部の選択をめぐって私が犯した3つの後悔を書きます。同じように、お子さんの進路に口を出したくなっている父親に、少しでも届けばと思います。
文系・理系は、いつ・何で決まるのか
まず、文理選択の基本を整理しておきます。
多くの高校では、高校1年生の秋から冬にかけて文理選択が行われ、2年生から文系・理系のコースに分かれます。学校によっては2年生や3年生で選ぶ場合や、そもそもコース分けがない場合もあります。いずれにしても、子供は高校生活のかなり早い段階で、「文系か理系か」という大きな選択を迫られます。
進学情報サイトの多くが共通して指摘しているのは、「数学が苦手だから文系」といった消去法や、「周りがそうだから」「親がそう言うから」という流され方で決めるのは避けたほうがいい、ということです。本来、文理選択は、子供自身が「何に興味があるか」「どんなことを学びたいか」を見つめ直す機会のはずです。
もう一つ、見落とされがちな点があります。高校の科目名と、大学で学ぶ学問は、必ずしも一致しないということです。たとえば経済学部は文系に分類されますが、実際には統計学など数学を使う場面が多くあります。学部の名前のイメージだけで「これは文系」「これは役に立つ」と判断すると、入学してからのミスマッチにつながりかねません。
——そして私は、まさにそのミスマッチを、自分の手で作ってしまった親でした。
後悔1:相談されて、まず「就職に有利か」を持ち出した
最初の後悔は、相談の入り口にあります。
娘の話を聞いた私は、「文系より理系のほうが就職で有利だから、理系に行ったらどうか」と言いました。娘は、それを受け入れませんでした。理系には進まず、文系を選びました。
当時の私は、内心で「もったいない」と思っていました。けれど、今ならわかります。あのとき、私の助言を押し返した娘の感覚のほうが、正しかったのです。
興味の持てない分野に進んでも、子供は伸びるとは限りません。むしろ、合わない場所で苦しむことになります。子供が「それは違う」とはっきり感じて断ったのなら、その直感には、親には見えていない理由があるものです。
親が口を出して、子供がはっきり「ノー」と言ったとき。そこは、親が一歩引くべき場面でした。私は娘のその直感を、もっと信じて尊重するべきだったのです。
後悔2:「役に立つ学問」を、自分の物差しで決めつけた
理系を断った娘は、外国語や文学を学べる道に進みたいようでした。
ところが私は、そこでもまた口を出しました。「文学や語学より、法律のほうが実生活で役に立つ」。そう考えて、法学部を勧めたのです。そして娘は、最終的に私が勧めたほうへ進みました。
問題は、その「役に立つ」という判断が、私の浅く、狭い物差しでしかなかったことです。当時の私は、「経済学部はあまり役に立たない」と思い込んでいました。商学部のような選択肢は、そもそも私の頭にありませんでした。学部がそれぞれ何を学ぶ場所なのかをよく知りもしないまま、私は「これが役に立つ」と決めつけてしまったのです。
子供の興味よりも、親の思い込みを優先する。しかも、その思い込みには、たいした根拠もない。これが2つ目の後悔です。親の言う「役に立つ」は、しばしば、その程度のものなのだと思います。
後悔3:方向を示すなら、もっと深く、一緒に考えるべきだった
ここまで読むと、「親は進路に口を出すな」という話に聞こえるかもしれません。でも、私の後悔は、もう少し複雑です。
私が本当に悔やんでいるのは、口を出したこと自体よりも、その口の出し方が、あまりに中途半端だったことです。「就職に有利」「法律は役に立つ」という、ひとことふたことの思いつき。それだけで方向を指し示しておきながら、私は、それぞれの学問が実際に何を学ぶのか、子供の興味とどう重なるのかを、時間をかけて一緒に調べようとはしませんでした。
もし本気で子供の進路に関わるつもりなら、娘がやりたいと言った外国語や文学の道と、私が勧めた道を、同じテーブルに並べて、何日でもかけて話し合うべきでした。中途半端な助言で背中を押すくらいなら、いっそ何も言わず本人に任せたほうが、まだよかったかもしれません。
「もう少し時間をかけて、ちゃんと一緒に考えていれば」。それが、私の3つ目の後悔です。
まとめ:親にできるのは、方向を決めることではなく
3つの後悔を振り返ります。相談されて、まず「就職」を持ち出したこと。「役に立つ学問」を自分の物差しで決めつけたこと。そして、方向を示すなら、もっと深く一緒に考えるべきだったこと。
今になって思うのは、たとえ娘が本人の希望どおりの道に進んでいたとしても、たどり着く場所は、大きくは変わらなかっただろう、ということです。だとすれば、私があの相談の場で口を出したことには、いったいどれほどの意味があったのか。
念のため書いておきますが、娘自身は、今の自分の道を後悔してはいないようです。それでも、親である私の側に後悔が残るのは、「子供の人生を、自分の物差しで方向づけようとした」という事実が、消えないからです。
文系か理系か。どの学部を選ぶか。その選択で親にできるのは、「有利か、不利か」を語ることではありません。時間をかけて、子供自身の「やりたい」に耳を傾け、それを一緒に深めていくこと。佐々木正美さんの言う「子供の後ろを歩く」とは、こういう場面でこそ試されるのだと、今は思います。
完璧な助言などできなくていい。ただ、進路の主役を、子供から奪わないこと。それだけは忘れずにいたいと、修行中の身ながら、思っています。

