「近い中堅校か、遠い進学校か」父親が娘たちの高校選びで気づいた3つの判断軸

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「近所の中堅校に行かせるか、それとも少し遠いけれど進学校を目指させるか」

中3の高校選びで、こんな問いに立ち止まったことのある父親は少なくないと思います。私もそうでした。我が家には二人の娘がいて、それぞれ違うタイミング、違う事情で高校を選びました。

長女は近所の中堅校。次女も近所の中堅校。結果から先に言えば、長女は中堅校に進んだあと大学受験で苦戦し、次女は中堅校に進んで指定校推薦で大学に進みました。同じ「中堅校」という選択でも、家庭の中で起きていたことはまったく違ったのです。

そして、その差を作っていたのが、私が後から気づいた「3つの判断軸」でした。

この記事では、進学校と中堅校の一般的な違いに触れたうえで、二人の娘の経験から私が学んだ判断軸をまとめます。同じように高校選びに迷っている父親に、少しでも参考になればと思います。

進学校と中堅校、そもそも何が違うのか

進学校と中堅校の差は、よく「偏差値」だけで語られますが、実際の高校生活ではもっと別のところに大きな違いが出ます。

ひとつは学習進度です。一般に進学校では、高2の終わり頃までに高校3年分の教科書範囲をひと通り終え、高3は入試問題演習に充てるカリキュラムが組まれていることが多いと言われます。一方の中堅校は、学校によって進度に幅があり、高3まで教科書を進める学校も少なくありません。

ここに「1年分の差」が生まれます。大学受験を本気で狙う場合、この1年は決して小さくありません。中堅校から上位大学を一般受験で狙うには、自分で先取りするか、塾や家庭教師で補うしかないのが実情です。

もうひとつは通学時間です。総務省の調査では、高校生の通学時間は往復で平均48分程度と言われていますが、進学校を目指すと往復2時間近くなることも珍しくありません。片道1時間半なら、1日の8分の1が通学だけで消えます。部活もやるとなれば、家にいる時間はかなり削られます。

そして指定校推薦の枠にも違いがあります。進学校には難関私大の指定校推薦枠が来ることもありますが、その分校内競争も激しい。中堅校では難関大の枠は少なめでも、それなりの大学への枠は十分にあり、校内競争はそこまで厳しくない。評定平均で勝負ができる分、自分で大学受験戦略を立てなくても「学校の課題と定期テストを真面目にやる」だけで道が開けるケースが多いのです。

進学校と中堅校の選択は、つまり「自分で受験戦略を立てて走る道」と「学校のレールに乗って評定を取る道」のどちらが我が子に合うか、という選択でもあるわけです。

判断軸1:子は「自分で大学受験を考えられる」タイプか

最初の、そして一番大きい判断軸はこれです。

中学3年生の段階で、子が「高校に入ったら、いつから、何を、どんなペースで勉強するか」を自分で考えられそうかどうか。自走できるかどうか、と言ってもいいでしょう。

長女は自走できるタイプではありませんでした。中学までは部活にのめり込んでいて、勉強の優先度はかなり低かった。それでも中学までは何とかなっていたので、私は「高校に入れば、本人もそのうち受験を意識するだろう」と勝手に思い込んでいました。

ところが現実は違いました。長女は高校でも部活にのめり込み、帰宅は遅いと夜10時を過ぎることもありました。高1から大学受験を見据えた勉強を始めるどころか、勉強そのものに向かう意欲が湧かないままだったのです。

詳しくは別の記事(「思春期の娘から、私は引きすぎた」「高額な家庭教師代をかけても、娘は落ちた」)に書きましたが、長女が大学受験で苦戦した遠因は、この「自走できない子が中堅校に進んだ」というところにあったと、いま振り返れば思います。

進学校にはペースメーカーの役割があります。授業がそこそこ速く、定期テストが厳しく、周りも勉強している。自走できない子でも、レールに引っ張ってもらえる構造があるのです。中堅校にはそれがありません。自走できる子なら自由に走れる代わりに、自走できない子は止まったままになるのが中堅校です。

次女もまた、自分で大学受験を考えられるタイプではありませんでした。ただし次女の場合、私が中2の終わり頃から伴走するようになり、家庭教師にも入ってもらいました。レールが「学校」ではなく「家庭」に敷かれた形です。それで何とか中堅校から指定校推薦に乗せることができました。

ここから学んだのは、「自走できる前提」で中堅校を選ぶのは危険だということです。中堅校を選ぶなら、子が自分で走れるか、それとも親や塾が伴走するか、どちらかをはっきりさせておく必要があります。

判断軸2:子に「強く希望する大学」があるか

二つ目の判断軸は、子の中に「ここに行きたい」という強い希望があるかどうかです。

強い希望がある子なら、進学校に進む意味は大きくなります。進学校の速い進度と入試対策のノウハウが、はっきりとした目標に直結するからです。

逆に、強い希望がない子に進学校を選ばせると、しんどさだけが残ることがあります。何のために速いペースで勉強しているのか分からないまま、周囲のレベルに置いていかれ、自己評価だけが下がっていく。これは進学校に通った友人の話などを聞くと、よくある話です。

我が家の長女には、はっきりとした志望校はありませんでした。「漠然と進学はする」というだけで、特定の大学への思いも、特定の学部への熱意もなかった。そんな状態で進学校に放り込んでも、おそらく潰れていたと思います。中堅校を選んだこと自体は、その意味では悪い選択ではなかったのかもしれません。

次女も「ここに行きたい」という強い希望はありませんでした。ただ、次女の場合は本人が勉強嫌いだったわけではなく、定期テストには真面目に向かい合えるタイプでした。だからこそ、中堅校で評定を積み上げ、指定校推薦という形で「無理のない範囲で大学に進む」道が機能したのです。

ここで気づいたのは、強い希望がない子に、親が「将来のために」と進学校を勧めるのは、たいていうまくいかないということでした。希望がないなら、無理に偏差値の高い高校を目指す必要はなく、子の生活全体を見たうえで通いやすい高校を選ぶ方が、結果としては実のあるルートになる場合がある。

これは進学校信仰のある家庭ほど見落としがちな視点だと思います。「いい高校に行けばいい大学に行ける」というのは、強い希望がある子に限った話なのです。

判断軸3:「上位校を狙う」のか「そこそこで良い」のか

三つ目の判断軸は、ある意味でいちばん身も蓋もない話です。

最終的にどのレベルの大学を狙うのかを、高校選びの時点である程度想定しているかどうか。

上位校(難関国公立や難関私大)を狙うのであれば、進学校に行ったほうが圧倒的に有利です。先ほど書いた進度の差はもちろん、周囲の意識、進路指導の蓄積、過去問演習の体制、すべてが上位校受験を前提に組まれているからです。中堅校から難関大を一般受験で狙うのは、不可能ではないにせよ、自走力と相当な努力量が必要になります。

一方で、「そこそこの大学に行ければよい」「指定校推薦が取れればよい」というのであれば、中堅校のほうがむしろ現実的です。評定を取りやすく、推薦の校内競争もそこまで厳しくない。本人が無理せず、安定したルートで大学に進むことができます。

我が家の長女の場合、私はどこかで「上位校に行ってほしい」と思っていました。けれども選んだのは中堅校。本人の意志もあって、当時の私はそれを受け入れました。結果として、「上位校狙い」と「中堅校選択」のミスマッチが起き、大学受験で苦戦したのです。

次女の場合は最初から「進めるところに進む」というスタンスでした。中堅校+指定校推薦の組み合わせは、その目標にぴったり合っていたわけです。

ここから学んだのは、「どこを目指すか」をはっきりさせてから高校を選んだほうがいいということでした。

もちろん、中学3年生の段階で大学受験のゴールをきれいに描けるわけではありません。けれども、「上位校を狙うつもりがあるのか」「そうでないなら指定校推薦を視野に入れた中堅校でいいのか」、そこをぼかしたまま高校を選ぶと、後でつじつまが合わなくなります。

これは、私が長女のときに踏み外したところでした。

子をよく見ることが、いちばんの「先回り」だった

「近い中堅校か、遠い進学校か」に、絶対の正解はありません。

正解は子によって違う。同じ我が家の中でも、長女と次女ではまったく違う結論になりました。長女には進学校のペースが必要だったかもしれない。けれども本人の意欲がそこになかった以上、進学校を選ばせても潰れていた可能性は十分あります。次女には中堅校+伴走がうまく機能した。けれども、もし私が中2末から伴走せずにいたら、まったく違う結果になっていたかもしれません。

つまり高校選びは、子そのものをよく見ることがすべてなのです。

  • 自分で大学受験を考えられる子か
  • 強く希望する大学があるか
  • どのレベルを狙うのか

この3つの判断軸で子を見たうえで、進学校か中堅校かを選ぶ。そして中堅校を選ぶなら、自走できない子なら家庭がレールになる覚悟を持つ。

私自身は、長女の高校選びのときにこの視点を持てていませんでした。「本人が選ぶなら」と任せきりにし、「高校に入ればそのうち」と楽観し、それが大学受験での苦戦につながりました。とはいえ、長女がいま自分の進んだ場所で社会人として元気にしている姿を見ていると、当時の選択を全否定するつもりもありません。

ただ、もしいまの私が当時の私に何か言えるとすれば、こう言うと思います。

「子をよく見たうえで判断軸を考えること自体は、過干渉ではない。むしろ、それを考えないままレールを敷くことや、考えないまま任せきりにすることのほうが、後から子を苦しめる」と。

子の自発性を奪わずに関わるとはどういうことか。それは、子の代わりに決めることでも、何も考えずに任せることでもなく、子をよく見たうえで、本人と一緒に考えることだったのだと、いまは思います。

これは別の記事「過干渉な親の3つの特徴と、抜け出すための具体策」でも触れた、私のいちばん大きな反省です。高校選びもまた、その反省の延長線上にあるテーマなのだと、振り返って気づきました。

同じように高校選びで迷っている父親がいたら、まずはお子さんをじっくり見てみてください。判断軸はそこに必ずあると思います。

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